2009年5月28日 (木)

ソマティクス ワークショップ inアメリカ

Img_0768 ゴールデンウィークを利用して、ユタ州セント・ジョージという町で イースト・ウェスト ソマティクスのワークショップに参加してきました。

イースト・ウェスト ソマティクスはサンドラ・フレイリー先生が、『長年の舞踊教育や身体哲学の研究と、フェルデンクライシスやアレキサンダーテクニックの習得などご自身のさまざまな体験をもとに、構築されたダンスとヨガ、身体調整の理論』と簡単にまとめられると思います。

私たち"プロセス"のメンバーは、2002年から日本とアメリカで何度か指導をうけていまして、今回は川岸が参加してきました。

振り返ると、川岸にとっては今回のテーマは『つながる』がキーワードであったと思います。
今まで別々に体験したように感じていたソマティクスの理論や実践の勉強がつながり、アメリカの大きな自然とつながり、ワークやホームスティを通して現地の人たちとつながり、日本から一緒に参加したメンバーと新たな視点でつながることができたと感じています。

また郊外でのダンス・パフォーマンスや、ザイオン国立公園を歩くといったワークでは今までにないソマティクス・ダンスから、「今ここにある私」を強く意識することができ 自分と向き合えました。

こうした体験から学んだことが、自分の新しい可能性として生まれてくることを楽しみに日常生活を過ごしていきたいと考えています。

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2009年2月17日 (火)

岡山ワークショップ第一回目

岡山ワークショップ、第1回目お疲れ様でした。

いろんな出会いや発見がありましたね。

2009年は『心身の存在を味わう』というテーマで始めました。

その第1回、2月8日は『身体を感じること』の体験でしたが、やはり

「身体は自分を見つめ、そして人とつながる近道」であると再認識しました。

参加者の多くは人と関わる現場に居る方で、心身に興味をお持ちでしたが、

最初に皆さんが言葉で語る身体は、思考からの視点のような気がしました。

ところが、

それぞれが呼吸から身体を実感し始めると、様々なイメージや感性があふれてきました。

そして、

動き出した身体がペアで語り始め、4人から8人、12人と拡がっていき、最後には、

不思議な空間を創り出していました。

今日ここで初めて出会った人達が、自然に身を寄せ合い、居心地良さを味わっている。

私達の身体は、本来は可能性に満ちた柔軟な力をもっているのです。

現代社会は思考やシステムが優先して、身体や心を置き去りにしている気がします。

このワークショップの中で、社会適応し過ぎて疲れた心身を、もう一度見直して再生し、

新たなエネルギーを生み出す機会にして頂ければ幸いです。

弥生

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2008年4月30日 (水)

昇段審査 パート2

昨日はまたまたまたまた、夫の剣道6段の昇段審査でした。

今まで4回チャンスがあった審査会の内、1回は仕事で、
1回は体調不良で参加できなかった夫です。
今回は花粉症でへこんでいましたが、ちょっとは練習もしたし、
「参加することに意義がある」というわけではありませんが、出かけました。

しかし、今回も×でした。
彼と同じ会場の同じコートで受験した50名の内、一次(実技)合格者は2名だったそうです。
厳しい。

年を重ねるにつれて、足さばきが悪くなり、基本動作に無理が出てくるのだろうと思います。
子どもたちは、リビングで稽古をする父親の足音とそのリズムを聞いて、
「今回は難しい」と話していました。

それでも、仕事の合間に稽古を続ける夫を、私は応援していきたいです。
といっても胴着の洗濯以外に特別していることはありませんが・・・

こういう受験生を抱える方のご意見伺いたいです。
ちなみに、我が家には高3の本物の受験生も一応いますが、
大学受験の方が、簡単そうに感じられるところです。  恵子

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2008年1月18日 (金)

武道ワークショップに参加して

私は先週末の3連休、河田病院で開催された日野晃さんのワークショップに参加しました。
岡山県現代舞踊連盟が主催し、全国から70人余りの人たちが集まり3日間を過ごしました。
武道という手法と身体塾3時間と表現塾3時間の6時間を3日間、延べ18時間という時間枠に戸惑う人もいましたが、
実際には、驚きと集中で、あっという間に時が過ぎました。
自分の身体感覚を研ぎ澄ます貴重な体験で、ダンスセラピーに共通するものが多かっので、少し内容をお知らせします。
実際には、今後のダンスセラピーワークショップの中で取り入れて皆さんに紹介したいと思いますので、お楽しみに!   弥生

「武道は究極の表現形態であり、リアルな身体そのものだ。表現はどこで成立するのか?
それは意思の見える身体と観客との対峙です。決して動きだけではありません。」   (日野 晃)

 身体塾(「身体を繋げる」ワーク)
  「身体は感受性豊かで、美しく、力強い、そしてしなやかな動きがある事を知る」
「武術は相手との相互関係で成り立っている。そこで相手を感じ取るということが重要である」
  「相手の身体に触れていると、相手が動き出そうと思った瞬間、わずかに筋肉に刺激が走るのを感じ取ることができる」
 表現塾(「相手とコネクトする」ワーク)
「自分の思っていること、自分の伝えたいこと、自分の表現したいことが、相手に伝わっているのか?
自分の頭の出来事を伝えるためには、まず相手とコネクトすることが必要である」

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2008年1月11日 (金)

謹賀新年

新年明けましておめでとうございます。


皆さま、年末年始はいかがお過ごしでしたか?

大晦日と正月元旦は1日しか違わないのに、1年の内で特別な日ですね。


今までの事を顧みたり、現在を検討したり、今後を計画したりという意味で、

節目や枠組みというのは大切なものですね。


また、今年は一二支の始まりの子年ということで、一つの区切りでもあります。

私たちは生きている限り、昨日,今日、明日という日を過ごしています。

健康な私たちは忘れがちですが、生きることにも限りがあります。

謙虚で真摯だった初心を忘れず、今までの心身での体験を大切にしながら、

これからも着実に新しい事を積み上げていきたいと思います。

本年もよろしくお願いします。 山下弥生

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2007年11月28日 (水)

昇段審査

やってきました恒例?の剣道昇段審査、
今月は名古屋と東京で、全日本剣道連盟(都道府県単位じゃないところがすごいのです)の昇段審査が行われています。
剣道の8段審査というのは、日本で一番厳しいテストとして有名で、合格率はなんと5%未満。
今回わが夫が3回目の挑戦をする6段も15%未満の厳しい審査です。

たくさんの剣士が何度も挑戦されていることでしょう。
よっぽど稽古しないと、合格は難しそうです。
ということは、この間忙しく、あまり稽古できていない夫は・・・

本当のところ仕事の合間に、稽古の時間を確保することも大変です。
しかし遠い目標ではなく、日々の稽古の評価として、6段というのは、
「6段の稽古を始められる人」という意味だそうです。

それなら私の「日本ダンスセラピー協会認定セラピスト」感=
「認定セラピストとして努力し続けられる人間」と同じかも思って、応援しています。

まず怪我をせず稽古しつづけられることが有難い!  恵子

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2007年11月17日 (土)

イップス

イップスというのは、スポーツのある動作だけができなくなることで、今不調に悩んでいるプロゴルファーの宮里選手も、これが原因らしいのです。
スランプとは似ているようで少し違う感じらしいです。

さて夫の会社の野球部が社会人野球日本選手権に出場しました。
その2回戦のこと。
その時の投手はマウンド上の捕球について、ある動作ができず(つまりこれがイップス)にいました。
そのことは敵味方十分知られていることだったそうです。
ですから、相手チームはそこへ落ちるように内野へ打ってくるし、
そうなった時、一塁手は投手のカバーに入り一塁のカバーはニ塁手がとる連携はバッチリ!

しかし、その時は・・・
交代したばかりの一・ニ塁の連携ができず、投手の動きはカバーしたけれど一塁がカバーできていなかった。
そこで監督があわててマウンドに走った。
ところが監督はそれが2度目のマウンド指示で、この大会のルールではその時点で投手交代。
交代した投手は十分アップできていなくて、ファーボールで相手に得点を許してしまいました。

そうした流れで、そこまで勝っていた試合を負けてしまいました。
負けたことよりも、その展開がそれぞれのメンバーに悔しさや悲しさや複雑な思いをもたらしていることを想像できます。
それは応援に駆けつけた関係者とて同じ、家で応援の応援をしている家族にも波が伝わる感じです。

動きには感情が伴うことを、私たちダンス/ムーブメントセラピーに関わるものなら
十分理解しています。
しかしものすごい数のトレーニングを積んだ半ばプロのような運動選手であっても、
克服できない、動けない動き。
そんな動きにどう挑んでいくのか。
本人も周りも、来年の大会に向けての大きな課題と興味、
そう言ってしまことが無責任のように聞こえるかもしれませんが、
関係者の端っこのひとりとして、少しでもいっしょに抱えていけたらと思います。

頑張れ 働くスポーツおじさん!!  恵子

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2007年10月 8日 (月)

秋祭り

  まだまだ夏のような先日、わが氏神様の秋祭りが執り行われました。

 朝のNHKニュースで取り上げられたので、ご覧になった方もあるかと思いますが、
 堺は「百舌鳥八幡宮のふとん太鼓」です。
 大きな赤いふとんを乗せた太鼓を大勢の男たちが担ぎ歩く、泉州の秋祭りです。
 泉州といえば岸和田のだんじりが全国的に有名かもしれませんが、
 私たちにとっては、何と言っても「お太鼓」!
 本来は田刈り(稲刈り)を前にして、その年の豊作を祝い、氏神さまに奉納する祭礼
  ですが、そこに、稲刈り作業への気合いれの意味も兼ねていたらしいです。
 このあたりは、水田やそのための貯水池が次々と宅地に変わり、
 あまりお金に縁の無かったわが町も
 そのお金で豪勢なお太鼓が買えるようになったのがつい30年前です。
 そして普段は天秤棒で肥えや作物を運ぶことの無くなった男たちが、
 年一度、太鼓を担ぐという、晴れのイベントだけに奮起しているように見えもします。
 ですからいまだに、一番活躍されるのは、実際に天秤棒を担いだことのある壮年、
 60歳代のお父さんというわけで、祭りの先を心配するのは私だけではないと思います。
 女性は、男たちの食事と洗濯の世話をしながら、
 まばゆく輝くお太鼓を共有しているのかもしれません。
 
 無事一年が過ごせたことを喜び、そして来る年も良い年でありますように・・・と祈る
 祭礼は大きなシンボルです。
 べーら べーら べらしょっしょい!!
              恵子

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2007年8月24日 (金)

桃の木

我が家の向かいの畑に2本の桃が植えられたのは、息子が生まれた年でした。
それから桃栗3年というとおり、3年ぐらいすると花が咲き、実がなり始めました。
息子の成長に合わせるように桃の木も少しずつ太くなり、それにつれて咲く花も増え、

果実も大きくたくさん成るようになって。

もちろんただ成るのを待つだけではなくて、人間も枝を剪定したり、消毒したり肥料を入れて世話をします。
実ができると適当に摘んで、1本の木に約50個の実を残すのです。

そして虫に食べられないように、袋をかけて、鳥につつかれないように、防鳥ネットをかけて。
悲しいことですが、知らない人に採られないように、袋に番号もつけて、
「私たちは管理しているすよ」というサインも出します。

我が家ではこうした作業は主に夫がしていましたが、息子もいろいろ手伝っています。

特に、収穫については、「少しでも旨い桃を食いたい」ために、桃にすがりつくように蜜を吸うカナブンを蹴散らしてその場で食べてしまいます。
カナブンはおいしい桃の一番おいしいところしか蜜を吸わないので、
息子はカナブンが来るまで実を熟させて食べたいのだそうです。

虫と競争して勝てるわけがないと、私は思うのですが、息子は真剣です。
夫は世話してくれるわりに、食べるチャンスは少なく、
ほとんど何もしない娘は、食べる場にはしっかり参加しています。

今年も桃にまつわる楽しみと残念と悔しさと、いろいろな気持ちも体験しながら、
わいわいと食べられた喜びが我が家を包んでいます。

木になる実は、一年草とは違った長い物語をもたらしてくれていると思います。
桃はわが屋のシンボルツリーなのです。  恵子

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2007年6月 9日 (土)

収穫の時です

30センチほどのびわの苗木を、6年ぐらい前に、知人からもらって、植えたところ、ぐんぐん育って幹の直径が10センチをこえ2階に届くほどの高さになりました。
3年目ぐらいから実を付け始め、今では鈴なりの実がみどりから黄色にかわり初夏の風情を添えています。
店が売っているびわほど大きな実にはなりませんが、摘果すると、少しは大きな実となります。
種ばかりのびわですが、香りのよさと甘酸っぱさが、売り物にはない取れたての魅力と思います。

びわはその葉が健康に良いということで、育てられているところもあるらしく、近所でも良く見ていると、あちこちにびわが植えられています。
たしかに実の小ささにくらべて不釣合いなほどに、葉は分厚くて緑が濃くて大きいです。

葉で作った養分を、ぎゅっと集めているそんな粒を見ていると、一年の総まとめ、そんな言葉が浮かんできました。
その年の季候の条件も、人手のかけ方も、そのままに反映して実を結ぶのですね。
長い命はベースでは変わらないけれど、短期的には周囲に適応しながら生きている、そんな植物の柔軟な営みを感じると、何か素直な気持ちになるように思えました。

我が家ではイチゴの収穫を終えて、今はびわ、次はメインイベントの桃の収穫を控えています。-なぜメインイベントかはまた報告します-
たった1本のびわ、2本の桃でも、手間と楽しみは尽きません。

2クール目を終了して、私たちのワークも繰り返しているようで全く違う展開があり、 私はただ目を奪われているところがあります。
1クール目より、リーダーとして何か成長できたところはあるかしら?と自問自答して赤面する気分も抜けません。

それでも少しずつ進歩しながら、ワークが深められたらいいな、今の作業が次に生かせるように精一杯努力しつづけたいと思っています。

参加してくださった皆様に感謝をこめて、ありがとうございました。 恵子

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